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川倉不動明王

川倉不動滝

2009年03月04日 13時18分27秒 |   ・野積地区
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平成21年3月4日(水)           (撮影は21,3.2-)

 まずは野積を目指す。野積地区に幾つの集落があるのかは分からないが、目に飛び込んできたのがこれだ!

 この標識、どんどん向うような・・・。利賀って、こんなに近かった。八十島の橋、タビに出ている同級生の家を過ぎ、まずは野積小学校跡地。ここのPTAが、小学校の統廃合に最後まで抵抗したみたいです。今は「地区センター」と「体育館」を建て、グランドは残してあります。
  
 
 更に進むと、道が急に狭くなり、谷も深くなり、目的地の一つ「川倉不動王」です。実に35年ぶり、小学校の遠足で来たとき以来です。

 マイナスイオンを浴び、写真を撮りまくりです。不動明王像が滝の周辺、社殿の周辺に3体安置。

 社殿と読んでよいのか? 冬支度のままで、よく見えません。

 堂、祠のような建物でした。何を調べても、詳しく分からず。

 この地区の、もう一つの小学校跡を目指します。「広畑小学校」です。ここからは、別世界です。





 石碑に、校舎が刻み込まれています。多分、中尾石材の仕事です。

 更に奥へ奥へと、「西松瀬」。ここで引き返しました。昔、一時期あった「魚の公園」が対岸にありました。

 広畑小学校跡まで戻り、仁歩への山道を、探しますが見つかりません。諦めて、八十島まで戻り、仁歩へ。GO GO GO

 多分、毎日雪が降ってるんだと思います。

 野積地区から、今町のおわらに参加してくださっている、子供達が沢山います。縁があって「今町おわら後援会」を組織し活動をしています。練習終了後に、あるいは本番の夜に、ここまで帰っていると思うと、頭の下がるおもいです。西松瀬からの人もいます。本当にありがたいことです。

 昔から、何処となく、好きな清流です。



 最後に、脇にある町史から。
 旧野積村は、29ヶ村からなる。この野積谷と東谷と仁歩谷、大長谷の一部を称して「野積四谷」という。



引っ越してきました
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八尾原人
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