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西町恵比寿

恵比寿神

2009年01月20日 04時13分25秒 |   ・西 町曳山
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平成21年1月19日(月)

 西町曳山神「恵比寿神」。これほど日本各地で、呼び名まで変え親しまれている神様はいないのではないか。えびすの他に、えびっさん、えべっさん、おべっさんなどとも呼称される。八尾では、西町曳山の神様を親しみを込めて「えびっさま」と呼んでいます。本来、恵比寿神は日本古来の、海の神、漁業の神とされてきました。平安時代以降は、海から陸へ陸へとあがり、市の神、商売の神、商売繁盛の神として、あたかも福の神のような位置付けになる。(大黒天同様に、インド、中国においても「恵比寿」は神とされている。)また、「恵比寿講」なる市が立ち、魚だけではなく野菜や山の幸までもが売り買いされた。現在にも残る。恵比寿神を祀る神社では、十日戎と称し1月の10日前後に商売繁盛の御利益ある、福笹、熊手などが売られた。

 西町曳山神「恵比寿神」と下新町曳山神「大黒天」が親子とされています。多分その関係で、両方の曳山の屋根は八棟造りになっています。多少の違いはありますが、後から大黒天をのせた下新町が、合わせたものと思われます。
 
 海の神「恵比寿神」をいただく西町八棟屋根の鉾留は、「金鯱」4匹が四方を守り、後方二階見越し彫は、「浦島太郎、竜宮城に誘われるの図」です。


 現在、西町曳山にみる「恵比寿神」の顔は、明和8年(1771年)に城端西上町から譲りうけたものです。現在国の文化財になった、城端の曳山神の顔(首)が、八尾にあることがすごいです。すごすぎです。城端西上町「竹田山」詳しく調べていませんが、この歴史事実を黙殺している感じです。譲り受け当時の富山藩では、贅沢禁止令がいかれ、人形の売買が特に取締りの中心だったそうです。八尾は例外で、城端は加賀藩です。ただこの悪法で多数の町民が、処罰されたみたいです。色々な「えびっさま」のお顔を見ますが、八尾の西町のが一番福よかに見えます。(国の文化財については、後日記事にします。)(報告です。)

                                  


                                  つづく<!-- -->


引っ越してきました
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八尾原人
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