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ラーメンの神様の話・・・・

夜中にらーめんの特集番組をしていた。
途中から見たのは「とみ田」のらーめん。

その後で「大勝軒」山岸一雄さんのドキュメント。
らーめんの神様と言われる山岸さん。
朝4時に起きてスープを作り始め、麺も自分で製麺する。
自分で店を持っている不人気のラーメン屋の店主、素人までも弟子にする。
大勝軒の名前はお金を取らず自由に使わせている。

奥さんは同い年のいとこ同士だった。
一緒に店で働いた。
52歳で奥さんが亡くなった。胃がんだった。

足が不自由だった。膝の軟骨が無くなり骨がこすり合っていた。
指も関節が磨り減っていた。
高級時計や高級車とは縁の無い生活。
営業時間は4時間、11時〜15時
だが毎日2時間待ちの行列ができる。
朝8時前から客が着始める。

閉店した店で弟子によって椅子の上に板が敷かれる。
山岸さんは、そこで寝る。
店の近くに家があるが、そこには帰らない。
膝が悪いせいもあるだろうが・・・・・

医者には、今のままだと1年で歩けなくなると宣告されるが、特に無いもしない。
今まで通り、ラーメンを作り続け店で倒れる。
スープの味の最後の調整は山岸さんしかやっていなかった為、誰にも出来ない。
入院中は店の売り上げが半減。
膝は人工関節になる。
店に復帰するも1日だけで出て来なくなる。
わずか4時間の営業時間だが、それさえ全うできない。
指の関節・・・・・

幸せそうには見えなかったなぁ・・・・

何人いるか分からないという山岸さんの弟子。
大勝軒で3ヶ月働いた。
それで15店舗、年収5億の弟子が紹介されていた。
「本店のように麺を残すのが分かっていて、あんな大盛りにできない。本店のようにやると、儲けにならない。」言い
「大勝軒の名前が無いと自分は有り得ない」と・・・・・


2007年、都市開発の為、閉店。
店が解体される前、開かずの部屋、開かずの2階の様子が明らかになった。
2階は奥さんの亡くなった当時のままだった。
山岸さんの時は奥さんの亡くなった時から止まっていたのだ。

そして引退。
山岸さんに子供はいない。
店の跡地は高層マンションになり山岸さんはそこに住んだ。
お金を出してくれたのは、年商5億のあの弟子だった。

享年80歳
その後・・・・
山岸氏は2代目を指名していたが大勝軒は分裂した。
一人のカリスマが亡くなると有りがちな顛末。

はひENDFO






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